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野球とデザインとかからノイズ思考法とか

人を殺す対象についての思考です。秋葉原殺人事件のように誰でもよかった殺人は対象が非常に不明瞭です。またパリ人肉殺害事件の佐川一政のように殺す対象が明瞭なものもあります。不明瞭なものに対して対象に愛というものが存在するかを考えてます。もし存在する場合その愛は人間というのが暴力的にはなれない理性的な生き物だというのを明かすものということなのでしょうか?

ノイズに関してというか音楽に関しての思考法。私は音楽作成の時、絵画領域からのアプローチは常にしてます。即興演奏とライブペイントという考え方自体そんなに新しいことではないと思うので、音楽と絵画の関係性は省きますが、私はその絵画の側面をもっと掘り下げたものなのです。詳しく言えば、絵画の手法や分類は多岐に渡り、音楽の細かな分類だけではなくそういった分類も大事にしてるわけです。絵画の場合デザイン領域で言えば、悪趣味アート、ライトアート、 キチガイアスペデザイン、大霊界デザインなどなど色々あるわけなのですが、私の場合それを自身の楽曲に当てはめて考えることができます。特に私の楽曲でもライヒのようなミニマリズムで構成された断続的な流れの作品では、非常にそれをわかりやすく感じとってもらえると思います。そして絵画の方法も何もデザイン領域に関係するだけの話ではありません。新古典主義、象徴主義などの作品からも学べるところはたくさんありますし、その言葉の意味からも楽曲を構成するについいて大きく意味があるのです。逆に言ってしまえば、絵画やそういった言語以外からも学べます。例えば落合監督は夫婦間の会話をガンダムの用語でするといってますが、これも私に言わせればノイズです。そしてノイズの中でも狂っていてストレスの多いものです。頭のよさはわかりません。そして私はノイズではなく、あくまで音楽にこだわっているので、ここに違う概念のものが入ってくるのもありです。例えばコカ・コーラは明らかにストレスが低く頭も悪く狂ってなく、歌謡曲でも下の下だと考えますが、使いようによっちゃ使えます。これもフルクサス的な考え方で新しくないかもしれませんが、それだけを要素として使うわけではないので。なるべく多様性を出し、無文明時代の超高温の超無音楽ができたらと思うのです。また書きます。寝ます。おやすみなさい
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YoshitokiSeishin

Author:YoshitokiSeishin
Japanese noise musician


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